十八


 

 




 そこで武器はさておいて、防具を見繕うことにした。こちらも選択肢は膨大だった。甲冑や盾といったごく普通のものからはじまって、ガスマスク、工事用ヘルメットにゴーグル、暗視鏡、ブーツ、軍手、ローラースケート、剣道の面、シュノーケル、防弾チョッキ、迷彩服、救命胴衣、革手袋、マント、とどめに宇宙服。
 いったいこの先はどうなっているのやら、ますますもって見当がつかなくなった。
 困ったことは、たいていのものは準備されているサイズの幅が小さく、友梨やそれ以上に大きいエメリンには着られないという点だった。
「いいか……。ごてごて着込んでも、体力消耗しそうだし……」
 要は船長のところにたどり着けばいいのであって、別に戦場に行くわけではないのだ。何が待ち受けているかはわからないが、ここまで来たからには腹をくくろう。
 友梨は虫かごやトランシーバーの山をかきわけ、懐中電灯と双眼鏡、コンパスを拾い上げて、肩にさげたカバンの中に入れた。ヘルメットならなんとかかぶれそうだ。それから、底の厚いブーツを履いて紐を縛っていると、数メートル先の床が直線状にじゅっと焦げた。
 喉がひきつっていやな音をたてた。床は抉れ、薄く煙があがっている。
「やっぱり! これ、光線銃だわ。こんなものまであるのね、映画みたい」
 おそるおそる振り返ると、エメリンが陽気に喋っている。どうも銃器類のコーナーを回っていたらしい。
「ね、これも持って行きましょう。ふつうの銃じゃ、弾丸まで必要で重いし。こっちの方が絶対便利よ。ティンクの力が足りなくて、扉の中は動いていないはずだけど――備えあれば患えなし、だものね」
 もっともらしく言っているが、珍しいオモチャを使えるのが嬉しくてたまらないという顔だ。
「あー……。危ないから、気をつけてね」
「もちろんよ。ユリもなにか持って行く?」
「あたしはいいや。外して変なところに当てそうだし」
 友梨はすでに疲労を感じながら、揃いのヘルメットをエメリンに進呈した。


 カウンターに戻ってその先の扉へ進む。いよいよ本番だ。一歩踏み入れると、空気が変わった。埃と鉄の匂いが去り、むわっと胸を圧迫するような濃い緑の匂いが満ちる。
 あたりはジャングルの様相を呈していた。そこかしこから生き物の鳴き声が聞こえ、下からは巨大なゼンマイが生え、大木が立ち並び、見上げれば緑の天蓋が広がっている。
「冒険……というより、探検?」
 友梨は暑苦しいヘルメットをかぶってきたことをさっそく後悔した。垂れ下がっているシダの葉をめくるようにして、エメリンが視界を押し広げる。
 限りなくいやな予感がした。ジャングルに冒険ときて連想してしまった自分の迂闊さを呪う。ここではだいたい当たってしまうのだ、そういう想像は。
 緑の陰で小山のようなシルエットの生き物がのっそりと動いた。丸太のように長いしっぽがうねり、大きな首が持ち上がる。その高さはゆうに友梨の家の屋根を越えていそうだった。
 唾を飲み込んで、友梨は後退った。
「あの……恐竜のような……」
 これはまずい。確かにモンスターではないが、話が違う。
「恐竜ね。アロサウルスかしら」
 エメリンは動じていないように見えた。ホルスターに手をやってさっそく銃を取り出そうとしている。
「と、とりあえず逃げよう。応戦するのは気づかれてからってことで……」
「先手必勝じゃない?」
 などと言っているうちに恐竜がこちらを向いた。大ピンチだ。
 友梨は全力で扉のあった方向へ――それ自体はもう消えているが――駆けた。大地を揺るがす足音が近づき、視界の端が光る。おそらくエメリンの銃だ。当たらなかったのか効果がなかったのか、足音が止まらない。咆哮が聞こえる。
 もうだめだと思った時エメリンの手が伸びてきて、友梨はほとんど転ぶような感じで地に伏せさせられた。ヘルメットが額にガツンとぶつかってきた。痛い。
 ものすごい音がした。落雷に似ていた。地響きはなかなか鳴りやまず、鼓膜を打った。
 友梨は両手を地につき、腕立て伏せの要領で頭を上げた。首をひねると、倒れている恐竜が見える。体に焼けこげた跡があり、ぴくりとも動かない。エメリンはまっすぐ撃つのをやめて、光線を斜めに横切らせたのだろう。あたりの木がいくつもまっぷたつになっている。確かに、これなら外しようがない。
 酸素不足で頭がくらくらしていた。こんなに走ったのはどれだけぶりだろうか。友梨は体を反転させて仰向けになり、ぜいぜいと喉で息をしながら言った。
「な、なんで恐竜なんか……」
「あなた知らないの? 恐竜ほど、男の子に無条件でウケるものはないのよ」
 エメリンが汗をぬぐいながら答える。
「だからって襲ってくるのはやりすぎでしょ!」
「襲ってこなかったら冒険にならないじゃないの」
 それはそうだ。全くもってその通りなのだが、勘弁して欲しい。
「……踏まれたり噛まれたりしたらどうなるの?」
 友梨は体を起こして、動かない恐竜の後ろ足を見た。四本もの鋭い爪が伸びている足を。中の一本だけが違う方を向いている。あれで獲物を鷲掴みにするのだろうか。
「普通は目が覚めるだけでしょうね。だけど、私たちはお客さんじゃない。……楽観的な見方をすれば、扉の入り口に戻される……程度ならいいけど……」
 悲観的に見ればまずい。ネバーランドでも病気になったり怪我をしたりはする。マウロのしもやけはまだ治っていない。
 勝手に震えだした友梨の手を、エメリンがつかむ。
「大丈夫。あなたのことは、私が守るわ。こんなことに巻き込んでしまったのは私の責任よ。絶対、無事に帰れるようにするから」
 そう言うエメリンも、不安を抱えているようだった。それでも銃を握りしめて立ち上がり、周囲を警戒する。
「ユリ、スケッチブックを出しておいて。いつでも逃げられるように」
 友梨はうなずいてカバンをさぐった。いざとなったら出直すしかない。
 だが二人には呼吸を整える間すら与えられなかった。
 木々がざわめきだし、ソテツが爪楊枝のようにあっけなく折れてなぎ倒された。再び現れた恐竜は二匹、いや、三匹いた。仲間の死を嗅ぎ付けたのだろうか。
 友梨はスケッチブックを引っぱり出そうとしたが、焦りのせいかひっかかってうまくいかない。エメリンが光を閃かせる。恐竜の大きなあごがばっくりと開いて、鋭い雄叫びをあげた。ナイフのようにとがった歯列の奥にある赤い舌まで見えた。
 長い尾がエメリンを襲い、彼女は弾かれたように転がる。避けようとしたのだろうが、先が掠って、飛ばされた。
 ソテツの倒木に突っ込んだエメリンが大きく咳き込む。背負っていたリュックがクッションになったようだ。友梨はやっと引きずり出したスケッチブックを片手に、無我夢中でエメリンに駆け寄った。
「ユリ! あなただけでも戻って!」
 できるわけがない。ページを捲る暇があるかどうかとか、そんなことを思い浮かべもしなかった。とにかく彼女を助け起こそうとしたその時、誰かの怒鳴り声が聞こえた。
「それを捨てるんだ!」
 何を言われたのか考える余裕もなかった。鋭い爪が迫って目をきつく閉じ、気がつけば友梨の体はエメリンと一緒に高く高く持ち上げられていた。
 助かったのだ、と気づくまでにしばらくかかった。見る間に恐竜の姿は点となり、ジャングルの緑に埋もれていく。
 友梨とエメリンを抱えて飛んでいるのは、ピーターだった。首をひねると間近に見える顔は、前方を睨んでいる。ひどく怒っているように見えた。





           



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